ふえちゃんがお空にかえりました


新年早々、悲しいお知らせで申し訳ありません。

我が家のキンカチョウ ふえちゃんが元旦の朝9時10分、お空にかえりました。

12月30日に私たち飼い主は外出したのですが、ふえちゃんは、朝はいつも通り元気でした。
15分くらいの短めの放鳥をしてから出かけました。

外出先から何度もカメラで鳥さんたちの様子を観察していたのですが、ふえちゃんのいつも通りの元気な歌声が聞こえていました。
アプリをオフし忘れ、突然ポケットの中のスマホからふえちゃんの歌声が聞こえてきて、笑ってしまうこともありました。

しかし夜に帰宅すると、アプリを通して聞く分にはわからなかったのですが、声が少し変でした。

以前からSNSなどで繋がっていた方はご存知かもしれませんが、ふえちゃんはヒナの頃に呼吸器か肺を患ったようで、声が急に変わってしまい投薬や注射でしばらく治療した経験がありました。

声の変わり方がその時と同じだったので、また同様の病気かもしれないと思い、すぐに行きつけの鳥病院に留守電を入れました。

私が通う病院は、休診日も、既存の患者であれば、当直の先生が急患対応してくれます。

とにかくプラケースで30度保温をし、ご飯をしっかり食べたのを見届けてから寝かせました。

不安で不安で眠れなかったけれども、ヒナの時も病を乗り越えたし、今は2歳の体力なのだからきっと大丈夫だと自分に言い聞かせていました。

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翌31日の朝、体重も減らず食事もして元気でしたが、声の掠れは前夜より少し進行しているようでした。

体重を測るときだけプラケースから出したのですが、いつものように元気によもぎちゃんにファーッと飛び掛かっていました。
その後もよく食べ、掠れた声でもよく鳴き、いつも通りの身のこなしで動いていました。

15時に病院の予約が取れ、診察時も声以外は元気でした。

休診日の当直の先生で、いつものかかりつけの先生ではなかったので、声が掠れて通院したヒナの頃のカルテも参照していただくようお話しました。

先生からは、声が変わるということは、声帯のところだけに疾患があるということはなく、きっと肺などもやられているだろうと。
レントゲンを取れば確実だけれど、おそらく肺と考えていいだろう。原因は菌かカビではないか。
同じ環境にいるよもぎちゃんすずまつくんは大丈夫でも、ふえちゃんは元々そうしたものに弱い体質で、たまたまちょっと体調が落ちて発症してしまったのではないか、との見立てでした。ただ、前と2年間空いているので、今回も全く同じ病気だとは限らないとも。

レントゲンはそれ自体がリスクのあることですし、私も肺とか呼吸器関係の疾患だろうと思ったので、レントゲンの話は特に気に留めずサラッと流してしまいました。

先生曰く、菌が原因の場合は飲みすぐりで割と数日で効果が出る、カビの場合は飲み薬だけでは効果が出づらくまた通って注射をする可能性もあるかもしれないと。
自力でご飯を食べられなかったら入院するところだったけれど、しっかり食べて動いているので在宅看護で良さそうとのお話でした。

フィンチは小さい分体力の下降も早いので、もし食欲が減ってきたり、薬を飲んでも症状が下降している感じがしたらまた明日もお電話しますというお話をして帰ってきました。

帰宅した16時半頃に、朝晩飲むように言われた薬を飲ませました。
とても苦いお薬だそうで、ふえちゃんに変な顔で見られました。

そしてプラケースに戻すと、段差違いで2本設置してある止まり木をぴょんぴょん行ったり来たりしていて、少し変だなと思いました。
通常なら、病院へ行ったら疲れて寝そうなものだからです。

そして、ご飯の前まで何度も行くのに、いざ行ってみると食べない、やっと食べてもほんの一口という状況に、また一段症状が悪化している気配がしました。

もしかしたら明日は入院になるかもしれない、2日は98歳の祖母とコロナ禍以来初めて会う約束をしているけれど、約束を反故にしなければならないかもしれないなどと考えていました。

そして18時頃から、様子がおかしくなりました。
止まり木に踏ん張って、開口呼吸はしていないのですが、胸の呼吸の動きが大きくなりました。

よもぎちゃんが不整脈持ちのため常備していた酸素缶で少し酸素を入れてみましたが、それによって楽になるような気配は感じられませんでした。

もうご飯も食べそうにないし、薬も飲ませたし、飼い主には他にできることがないので、水槽内にプラケースを入れ、しっかり保温と保湿をして寝かせました。
病院に明日行くことは確定だと思い、留守電を入れておきました。

寝かせた後の様子はずっとカメラで見ていたのですが、足を踏ん張って呼吸が大きい状態が続き、だんだん口もパクパクしてきました。
薬は効かないの? なぜこんな急激に症状が悪化するの? 眠れなかったら体力を消耗してしまうのに…。
とパニックになりながらも、飼い主にできることが何もありません。

ふえちゃんが苦しそうで、とてもかわいそうで、できることなら変わってあげたい。
ただそれだけを考えていました。

でも止まり木に止まれる体力はあるということだから、と自分を落ち着けていましたが、
23時頃に、ついに止まり木から落ち、床でうずくまったまま口をパクパクしておかしな呼吸音がポクポクするようになりました。

そこから、発作のような呼吸が出たり、ひとしきりおさまって寝ているようだったりを断続的に繰り返していきました。

元旦の0時を迎え、2022年になった時も、まだふえちゃんは発作の波と戦っていました。

あまりに苦しそうな状態が続き、かわいそうで、どうして私が変わってあげられないのか、世の中の役に立つわけでもない私の命なんか小鳥にあげた方が有益なのにと、どうにもならないことをただひたすら思っていました。

発作のような状態では、ふえちゃんに触れることもできません。
ただただ、カメラで苦しそうな様子を見るしかできない、何もできない、変わってあげられない。

この頃には、フィンチの体力でここから回復するヴィジョンが見えず、かなり絶望的な気持ちになっていました。

もう朝は迎えられないかもしれない…と。

時々力んでフンを出していましたが、だんだん白い尿だけになり、脱水症状も心配になりました。
もしかしたらお水くらいなら飲めるのではないかと、常備しておいた経口補水液を水で薄め、間違って水の中に入って身体を冷やすことがないよう、
とても小さくて浅い器に入れてプラケースの中に入れてみました。

近づいてきたので飲むのかなと思いましたが、飲みませんでした。
身体が辛くて、その小さな小皿に頭を寄りかかると楽な体勢になるということのようでした。

撒き餌もしようかと思いましたが、どう見てもご飯を食べられそうにないので、翌朝に発作がおさまったタイミングがあったら撒き餌をしたプラケースへ
さっと入れ替えようと、別のプラケースに環境を整えてスタンバイしておきました。
自分が諦めずに明日の準備をすることで、ふえちゃんにも明日が来るような願掛けの意味もありました。

ふえちゃんは、小さな身体でものすごく頑張ってくれました。あまりにも長く耐え頑張ってくれるので、どう見てもふえちゃんは病院へ移動できるような体力状態ではないのに、もしかしたら持ち堪えてくれるのかもしれないという希望というか、願望を私も持つようになってきました。

いつもは朝8時頃に鳥さんたちを起こすのですが、発作の波の中にいるふえちゃんを起こしても意味がないかなと思い、布をかけた暗い状態のまま保温を続けていました。

でも朝が来たことがわかった方がいいかなと思い、発作が落ち着いたタイミングの8時半頃に、保温の邪魔にならないよう水槽の前面部分だけを布をとり、朝が来たことを知らせました。

肉眼でみると、カメラ越し以上にふえちゃんの衰弱がより鮮明に伝わってきます。
あまりに苦しそうなので、「頑張って」と声をかけて良いかわからないけれど、やはり逝ってほしくなくて「頑張って」と言ってしまいました。

それから15分ほど経った後、それまで前日の18時頃からはずっと無言だったふえちゃんが、突然声を振り絞り「キューキュー」と鳴き始めました。
今まで聞いたことのないような声でした。

多分、これがお別れの挨拶だと思い、プラケースをそっと持ち、夫や他の鳥さんたちがいるリビングへ向かいました。

それから数分後、みんながいるお部屋でふえちゃんは息を引き取りました。

前日夜からのあまりの急展開で感情もついていかず、そのときは悲しいという実感がわかず、ふえちゃんが苦しみから解放された安堵感がありました。

2022年1月1日 9時10分のことです。

私は一晩中ずっとふえちゃんの姿をカメラで見ていましたが、ふえちゃんからこちらは見えないので、もしかしたら最後に飼い主の顔を見るまでは、と頑張ってくれたのかもしれません。

そう考えると、いつもより遅くまで寝かせていたことで、辛い時間を長くしてしまったのかもしれません。
もうちょっと早く起こして、楽にしてあげた方がよかったのかもと思います。

亡くなった直後はまだ体が暖かいです。
でも亡くなる直前ですら生きていればフワッとする羽根は起き上がる力を無くしてすっとしぼみ。
足には全く力は入っていません。

30日の夜の保温開始からあまり触れられなかったふえちゃんの柔らかい羽に触れ、お別れしました。

生きているうちは30度保温なのに、亡くなってからは保冷が必要になる。
この切り替えに頭がついてきません。

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お昼過ぎに、留守電を入れておいた病院から電話がありました。
うちの鳥さんたちのかかりつけの医院長先生からでした。

ふえちゃんが今朝9時過ぎに亡くなったことを伝え、病理解剖をお願いしました。
早い方がいいとのことで、その日の15時にふえちゃんを託しに行きました。
症状の悪化が早過ぎた謎と、よもぎちゃんやすずまつくんにもうつる可能性のある病かを知りたかったからです。

よもぎちゃんやすずまつくんも同じような症状で相次いで逝ってしまうような気がしてとても不安で、
本来ならふえちゃんの薬が効いた場合に予約していた7日の通院日をよもぎちゃんの健康診断の予約にしてもらいました。

先生には、元旦からこんなお仕事をお願いしてしまい、申し訳ない気持ちでした。
ふえちゃんをお預けしたら、先生は私の話を聞きながら片手でずっとふえちゃんをニギニギカキカキしていて、
とても愛情を感じました。せっかく、ヒナの時の病気をこの先生に治してもらったのに、ごめんね。

21時すぎに、病院から電話があり、病理解剖の結果が伝えられました。

気管や肺は綺麗でカビや菌などはなく、胃の中に黒い小さな小石のようなものがあったので、これが金属片で金属中毒だったのではないか、とのことでした。

思わず電話口で「えっ」と声が出ました。
あまりにも想定外のことだったからです。

しかも、原因は飼い主である私の管理不足ということになります。

本などで金属中毒の症状として書かれているものは、一つも当てはまりませんでした。
足の力もしっかりし、いつもどおりのフンで、声以外の異変が見当たりませんでした。
ただ、身体が小さいので、インコさんなどと違って、前兆のような症状は一切なしに進行してしまったのかもしれません。

せっかくヒナの時の病気を乗り越えて2歳半まで生きてきたのに。
寿命でも避け難い病気でもなく、ただ金属にアクセスさえしなければ、まだまだこれからも生きられたのに。
ふえちゃんに最後にあんな苦しい思いをさせてしまうなんて、なんてことをしてしまったのだろう…。

鉛や亜鉛、銅などが鳥さんたちに危険なことは鳥と暮らす人は知っていることであり、当然うちも鳥さんたちを放鳥するリビングに置く金属類は必ずステンレスであるなどの成分を確認してから買っていました。S字フックなどの小物においても同様です。

ふえちゃんはおもちゃで遊んだりすることもないので、ケージの中におもちゃなどの金属製品はなく、フィンチなので金属をカミカミするようなことも普段はしません。

放鳥時も、小心者なので基本的に限られた安心できる足場以外に止まることがありません。
飼い主の上か他の鳥さんのケージの上か、ノートPC、iPad、iPhoneの上のみです。

夫とぴょんぴょん追いかけっこをするときは床に降りられるようになり、とうもろこしなど食べ物があればテーブルに降りることもありましたが、
しばらく飼い主が忙しかったこともあり、そうしたことはここ数日していませんでした。

かなりのかまってちゃんなので、放鳥時は飼い主の身体の上かPCの上などに止まって目の前にいるか、他の鳥さんのケージに遊びに行くかしかしない、とても行動範囲が狭く、目を離すという状況があまりない子です。

身近に危険な金属を置いておらず、狭い行動範囲の中でどこで金属に触れることがあったのか、どれだけ考えても、探してみても、見つからないし、思い当たりません。
私がもともと黒があまり好きではなく黒いものを買わないので、とにかく黒い金属というものが家の中になかなか見当たりません。

ノートPC、iPad、iPhone、スマホケース、タブレットスタンドなどをあらためてチェックし、素材情報の確認をしてみましたが、黒い金属の部分も、表面が削れたり欠けたりする部分もなく、材質に鉛などが使われているという感じもしません。

飼い主のパーカーや鞄のチャック、ボールペンの金具、ハサミ、カッター、携帯の充電器などなど、どれを確認しても銀色で、表面に剥げたり欠けたりしたところなどありません。

これもステンレスと確認して買った、これも大丈夫なはず、ではどこに中毒になる金属が?

わからないというのは、とても怖いことです。

ふえちゃんよりもずっと行動範囲が広くて、なんでも口に入れやすいよもぎちゃんも、中毒になる金属にアクセスしてしまう可能性があるということだからです。

この時、プラケースの中にまだふえちゃんがいる気配がして、寒い部屋に移動するのはかわいそうだったのですが、とにかくふえちゃんが使っていたルミナスラック、ケージ、プラケースを別の部屋に移動し、粉のような金属片がまだ部屋のどこかにあるかもしれないのでひたすら掃除をしました。

3日に病院へふえちゃんを迎えに行きました。

大晦日とも元旦とも別の先生が担当でした。

大晦日の受診日に診察してくれた先生に、私が前と似たような病気だと誘導してしまったのではないか、あの時レントゲンを撮っていればそこで金属だとわかり別の治療ができたのではないかと、もうどうしようもないことを口走ってしまいました。

でも、医師もきちんと情報を総合的に判断しているし、レントゲンもリスクはある。
これだけ進行が早かったのなら、その時点で金属中毒の治療をしても間に合わなかったのではないか、と。

やはり、中毒となる金属と接触させないことが、鉄則です。

胃の中にあったという黒い粒も受け取りました。
少しのシードの粒と一緒に、とても薄くて1mmほどの小さな砂つぶのようなものがありました。
グレーぽくて金属というより石のような印象です。

ふえちゃんとすずまつくんのご飯には、ダイソーのコーヒーミルで砕いた、手洗いボレー粉を入れていました。
ボレー粉は牡蠣殻なので、黒っぽい粒もちらほら混ざっていました。
胃の中にあった粒はそれにとても似ていたので、ボレー粉かなとも思いましたが、それだとあれだけ急激に症状が出た死因がなくなってしまいます。

他の2羽が元気なことを考えると毒性のある気体が原因なことは考えにくく、やはり物質的な毒物にアクセスしたと考えるのが自然です。

でも、何の金属かわからない。とにかく、可能性が0.1%でもあるものは排除するしかありません。

もしかしたらコーヒーミルで砕くときに中の部品が砕けた?という仮説を立て、人間の食用のミルにそんな危険な素材を使うとも思えないのですが
もう鳥さん用には使わないことにしました。

あらかじめひいていたご飯は全て処分し、ボレー粉は金属片に似た黒い粒が入っているのが心理的に強く不安を感じるのと他の金属片が混入したときに見分けがつかなくなるのですべて捨て、カルシウム源はカットルボーンも入れたけれど食べない可能性があるので卵殻パウダーへと変えました。

ふえちゃんのクチバシで金属を齧りとったとは考えづらく、普段も金属をカミカミしたりしないことから、摩擦や衝撃で剥げたり欠けたりした金属が混入したと考えられます。

そうなると、今まではリビングだけが安全であれば良いと考えていましたが、他の部屋も極力ステンレスなどの安全性の高い金属以外は排除する方が良いように思えました。
表面のコーティングは安全な金属であっても、削れると中の金属が危ないということも考えられます。
金属のゴミ箱はプラ製にするなど、徐々に買い替えを進めています。

外から飼い主が帰ってきたときに金属片が身体についていて、それを部屋に持ち込んでしまう可能性もあるかもしれないので、とにかく放鳥前には掃除機やコロコロでゴミが一片もない状態を作るようにしています。

つい怖いから、よもぎちゃんをケージから出したくないという気持ちにもなりますが、QOLの観点からそれはマイナスの方が多いので、放鳥は続ける前提で考えます。

黒い金属がうちにあるのは、キッチンかなと思います。
コンロの五徳、オーブンのトレー、鍋、やかん類。
人間の口に触れるものに、そうした中毒になる金属が使われているのか、まだまだ調べている途中です。
五徳で黒いものはホーローだそうです。鉛ではない…?

ふえちゃんはキッチンへは滅多に行かないものの、餌入れの洗浄、ご飯やお水の入れ替えはキッチンで行なっているので、そのときに、例えばぶつかって欠けた五徳の破片が餌入れなどに付着した、ということは考えられます。

ただ、そんなに物凄い確率の不運に遭遇することはあるだろうか、とも思います。

ケージを疑って何度も確認しましたが、ピンクや白の塗装が剥げいてるところはあまりなく、入口の金具を外すところが摩擦で剥げていますが、銀色の素材でやはり違いそうです。

黒ということであれば、餌入れや菜入れの金属部分が塗装が落ちて黒っぽいのでそれかもしれません。
先生にも夫にも、「鳥用品にそんな危険な金属は使わないのでは?」と言われましたが、物凄い天文学的な確率でどこからやってきたかわからない金属片にアクセススするよりは自然な話に思えます。

なので、鳥さんたちの餌入れや菜挿しなども極力全部がプラスチックものや、新しいものへの買い替えなども進めています。

民間科捜研のような機関で成分調査をしてもらえないかと調べてみましたが、数十万円かかるようで、金額的に難しそうです。

ただ、いつかお金持ちになった時、あるいは手頃な調査機関が見つかった時に検査できるよう、胃の中の黒いものと疑念を持ったものなどは保管しておこうと考えています。

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夫にも同席して欲しかったという日程的な都合で少し遅くなりましたが、8日、ふえちゃんを荼毘に付しました。

その間、毎日ドライアイスや保冷剤でふえちゃんのお世話をしたことが、看病する間もなく逝ってしまったことの代替え行為のようでした。
毎朝、保冷剤を変えて、ナデナデして、ふえちゃんの存在を感じました。

死後硬直が溶けると、身体は再び柔らかくなり、羽もまだふわふわとしています。
魂がもうなくても、身体だけでもずっと撫でていられればと思っていまします。

私が火葬を選ぶのは、土葬だと肉体とのお別れのけじめがつけられなくなくなってしまうからです。

火葬場は、ふえちゃんと同時にお迎えした文鳥の千代ちゃんがお世話になったのと同じ場所です。
ふえちゃんはあの時のお兄ちゃん(もしくはお姉ちゃん)を覚えていないかもしれないですが、千代ちゃんが導いてくれるといいなと思います。

見送る時のお花は、ドリアサーモンという、ふえちゃんの淡いほっぺの色のようなスプレーマムをメインに選びました。
皮肉にも不老長寿の意味があるそうです。
今度生まれ変わったら、ふえちゃんは長寿をまっとうしてくれるといいなと思います。
他に粟穂やシード、水菜やサラダホウレンソウ、よもぎちゃんのペレットなど、ふえちゃんの好物も入れました。
大好きなとうもろこしがない季節なので、入れてあげられなかったのが残念です。

私の右肩の上で髪の毛で遊ぶが好きだったので、右側の髪の毛も一緒に持っていってもらいました。

今は本人の身体より少し大きい骨壷に収まり、ふえちゃんのほっぺのようなきれいな薄オレンジの袋をまとっています。

よもぎちゃんは、しばらくふえちゃんの不在を認識していなかったようで、放鳥時には「あの小さい子がファーッとしてこないかな?」と警戒して周りを見回してから遊んでいました。

しかし、8日の朝にふえちゃんのお顔を見てお別れしてもらってから、そうした仕草がなくなりました。

それから少し元気がなく、食欲も落ち着いているような感じがします。
お顔を見せたのは、あまり良くなかったのかもしれません。
7日に健康診断を受けたばかりなので、身体は大丈夫なのだとは思いますが。

新入りのすずまつくんと3羽で微妙な距離感でワチャワチャしているのを見るのが最近はとても楽しかったのですが、それもほんの短い期間で終わってしまいました。

ふえちゃんがあまりにも人懐っこくて可愛かったので、この子が亡くなってしまったらどれくらい辛いだろうというのは、常々思っていることでした。
ヒナの時の病気のこともあり、長く生きさせてあげられるだろうかと不安でした。

それなのに、寿命でもどうしようもない病気でもない原因で早逝させてしまい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

よもちゃんはホピホピ、ケケケなどとても小声で鳴きます。
すずまつくんは、美しい高音で、男の子ですが鈴を転がすような声で鳴きます。
それでも、ふえちゃんのにぎやかな鳴き声がしなくなり、我が家はとっても静かです。

私の人生のたった2年半しか一緒にいなかったというのが信じられないほど、ふえちゃんがいなくて寂しいです。

でも金属片へのアクセスを防げなかった飼い主はそう思う資格もないのかなとも思います。
それでも、ふえちゃんの声がしなくて、毎日静かで寂しいです。

首周りにじゃれついてくれる、ふわふわした感触も、時間と共に記憶が薄れていってしまうのかと思うと、とても寂しく不安です。
どうして私の命がふえちゃんにあげられないのか、とても残念です。
ふえちゃんが生きていた方がずっと良いと思うのに。

よもぎちゃんにも何かあったらと思うと気が気じゃないので、金属の原因を突き止めたいです。
とりあえず家にあるものの脱金属化をして少しでもリスクを下げようとしていますが、正直、どこまでやっても1mmの金属片ならどこからでも入ってきてしまいまそうな気がして不安でたまりません。

元旦からずっとこんな気持ちを行ったり来たりしています。
作品の仕上げやイベント告知もままならなくなり、迷惑もかけてしまいました。

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とても長く、読みづらく、文筆業とは思えないほど構成がぐちゃぐちゃな文章で、もしここまで読まれてい方がいらしたら、乱筆乱文で申し訳ありません。

ただ、自分が忘れないように、起こったこと、思ったことを可能な限り書き留めておこうと思いました。