『DENKI GROOVE THE MOVIE ?』を観てきました


月曜日に、電気グルーヴのドキュメンタリー映画『DENKI GROOVE THE MOVIE?』を観てきました。

電気のデビューライブからいまの活動までの流れ、その過程でのターニングポイントなどが、基本的には真面目に描かれています。

これまで撮りためていた映像に加え、元メンバーのまりんさんをはじめ、スタッフさんや交流の深いミュージシャンの方々のコメントなどで構成し、本人たちの直接のコメントがないのが、客観的な視点を担保していて良かったです。

インタビューコメントの使いどころは、本当に絶妙でした。電気の歴史が語られる部分は押さえつつ、ただ面白いから使うみたいなところもあって。天久さんの最初のコメントは、意味がなさすぎて、でもおかしくて最高でした(笑)。スチャダラのアニさんやキューン中山さんのラルクの話とかも、会場で笑が起きていました。

映像も、バックステージやリハ中などのどうでもいいようなものがときどき入るのですが、それが電気らしさが伝わってきてとても良いのです。特にまりんさんが撮影した、最初のフジロックのときの宿の映像が、何の説明もなしにインサートされるのが爆笑でした。これについては、終演後にまりんさんと大根監督がトークをする日だったので、どういう状況だったのか説明を聞くことができました。

エンドロールも、本当にバカバカしい映像。でも、瀧さんと卓球さんの空気感が伝わってきて、素晴らしいセレクトでした。膨大な映像やインタビューコメントから選び抜かれたパーツがこれらという選別眼は本当にすごいです。1秒の無駄もない映画でした。


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映画を見ていると、その当時の自分の記憶も並行して蘇ってきました。

私が電気を聴き始めたのは高校生で、東京の小平市にあった(現在は武蔵村山市に移転)拓殖大学第一高等学校というところへ通っていました。偏差値は中の上、私立なので貧しい家庭はなくみな持ち家で両親が揃い、運動部が強くてスポーツマン揃い。仲良くなった友人は良い人ばかりだったけれど、当時の私の学校全体に対するイメージは、天才もバカも富豪も貧乏人もいない均質的な集団で、平均よりはちょっと上という意識を持った人たちという感じでした。

しかし、なぜか電気グルーヴファンがとても多い高校でした。

よく卓球さんがラジオなどで、自分たちのファンは個性的とか変わっていると自認している痛い人みたいな言い方をしていましたが、うちの高校ではスタンダードとまでは言わないですが、まぁ珍しくないことだったのです。

高2〜高3と同じクラスだった親友が、私と地元の友達どちらも電気ファンなので気になって聴き始めたら自身もファンになり、よく一緒にライブへ通っていました。ライブへ行くと必ず、同じ学校の人を何人も見かけるのです。特に水泳部にファンが多かったので、誰かが布教していたのかもしれません。

友人から私が電気ファンだと聞いた、別のクラスのやたら長身の見知らぬ男子が「あの、『俺のカラダの筋肉はどれをとっても機械だぜ』を持っていると聞いたので貸してください」と訪ねてきたこともありました。

別のクラスの演劇部の女子も私が電気ファンだと聞いて訪ねてきて「あなた普通なのね。私はキちゃってるから、○○のファンなのよ」と言われたことも。○○って卓球さんか瀧さんどちらかの名前を言っていたのですが、どちらのファンだとよりキちゃってることになるのか判別つかず、よく覚えていなのですが…。この子に関しては、パブリックイメージ通りの電気ファンという感じですが、他の人はそんな変わった雰囲気でもなく、私同様普通の高校生という感じでした。

『KARATEKA』は発売日の前日には、昼休みの放送で流れていました。

家族との折り合いが悪く、ポケベルを持ったプチ家出少女だった時期があり、家には帰らないのに電気のライヴには行っていたことなども蘇ってきました。

もう死の直前なのではないかというくらい(笑)、その時代のことが走馬灯のように思い起こされました。20年くらい思い出すこともなかった記憶がです。

電気のアルバムは、『UFO』リリース後から聴きはじめたと思います。『KARATEKA』も普通に好きだなと思って聴いていました。

ただ、ガツンとやられた感があったのは、リミックス盤の『FLASH PAPA MENTHOL』でした。オリジナルアルバムではないので映画では触れられていませんでしたが、このときの衝撃と爽快感がたまらなかったです。

その後のアルバム『VITAMIN』でインストが増えたこと、よりテクノ的になったことは、自然なことで、むしろ望ましいことのように感じました。でも最後に、アルバムには馴染まない「N.O.」が入っていて、「これはレコード会社の意向でキャッチーなものを入れないといけなかったんだろうな」と高校生でも感じ取ったことを強く記憶しています。

確かオールナイトでも、卓球さんが「レコード会社は理解してくれなかったけど、自分はリスナーを信じている」というようなことを言われていました。

大学に入ると学内外のテクノ好きと繋がるようになり、電気は引き続き共通言語になっていました。

つまり、私たち世代にとっては(少なくとも私が音楽について話をしたことがあるような人の間では)、電気グルーヴが青春の音楽なのです。そしてみな、精神性や思考にも大きく影響をうけていました。

それはクラブで会う人も、ライブハウスで会う人も、わりと共通でした。

卓球さんに『ナゴムの話』の取材をさせていただいたのは大学生の頃で、ちょうど『A』発売前のプロモーション中だったので、サンプルカセットを「これでナゴムにトドメを刺します」と言われ、いただきました(笑)。

その後FLOOR時代に、卓球さんのソロのリリースなどに関してはずっと取材をさせていただき、瀧さんはDVD『究極ホ乳類ニシイ』のリリース時に取材させていただきました。

しかし、私が音楽雑誌をメインに仕事をしていた頃はちょうど電気グルーヴは活動休止中だったので、電気についての取材や執筆をしたことはこれまで一度もありません。

仕事で関わっていない分、余計に「青春の音楽」という感じがするのです。

だからこれは、電気グルーヴというミュージシャンのヒストリー映画でありながら、それをずっと外側から見てきた自分たちファンの目線を振り返るヒストリーでもあるようにも感じました。他人事なのに、そこに付随する自分事と切り離せいない時代の記録なのです。


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