「戦争はなかった」読書感想文


前回、内田百間の「件」について書いていたところ、尊敬する読書家の方(音楽家でもある)から、小松左京作品にも“件”が出てくる話があると教えていただき、そのうえ本までプレゼントしていただいちゃいました。


小松左京「戦争はなかった」

この本は、表題の「戦争はなかった」を始め、12編からなる短編集です。

出版されたのは1974年なのですが、全体を通して内容が非常に今っぽいです。というか、先見の明を持つ人が20年以上も前に懸念したことが、まんまと現実になってしまったという感じでしょうか。

捨て作品はひとつもないのですが、全部だとさすがに多いので、件について書いてある「くだんのはは」と印象深かった「四次元ラッキョウ」だけ紹介します。

まず先に「四次元ラッキョウ」から。

むいても、むいても小さくならないラッキョウが、ある日こつ然と現れます。世界中から偉い学者たちがかけつけ、X線にかけてみたり電流を流してみたりとヤッキになって正体を探りますが、さっぱり分かりません。

結局、水爆実験の日に水爆でなら破壊できるかどうか実験することになり、爆発の中心部分に四次元ラッキョウを置きました。そして、学者や報道陣がかたずをのんで見守る中、実験開始。しかし、誰一人としてその結果を知ることはできませんでした。

四次元ラッキョウの中に閉じ込められていた水爆の何百億倍というエネルギーが一挙に放出され、地球ごと吹き飛んでしまったのです。

さて、このラッキョウの正体はというと、宇宙からの贈り物(というか、宇宙人の実験かも)でした。

ことの顛末をずっと見守っていた宇宙人の言葉はこう。「なぜあの“超空間球根”の皮を、ムキになってむくばかりで、あの皮が食べれるんだということに気がつかなかったんだろう。そこに気がつけば、あの球根は連中の食糧問題の解決にも、なったかも知れないのに‥‥‥」。

オチの意外性もさることながら、私は大学時代ゼミで食糧問題を専攻していたので、いろんな意味で考えさせられてしまいました。 と同時に、本当にこのラッキョウが存在するとしたら、人間は(もちろん私も含め)やっぱり皮をむくばかりなんだろうなぁと思ったら、ちょっとゲンナリしてきてしまいました。

そして、肝心の「くだんのはは」。

百間作品での件は人面牛なのですが(CGデザイナー秋元きつねさんの事務所が件という名前で、VJのモチーフにもよく使っていたのですが、それもやはり人面 牛でした)、こちらのくだんは牛面人です。

戦争中に主人公の少年がヒョンなことからやっかいになることになったお屋敷は、おばさんと病気の少女のふたり暮しで、他には住み込みのお手伝いさんがいるだけでした。病気の少女は母屋の二階の部屋にこもりっきりで、離れで寝起きしている少年は姿を見ることすらありません。しかし、戦争中だといういうのに食べ物に不自由しない屋敷の事情や、ここは絶対に空襲に合わないと避難もしないおばさんの考えや、姿を見ることもなく病名も明かされない少女に対して、少年の好奇心は高まるばかりでした。

そして、ついに、その少女の正体を見てしまうのです。それがくだん、つまり牛面人です。

このお話の中で、くだんが生まれる経緯が説明されています。

お屋敷のおばさんの先祖はもともとキリシタンだったのに、他のキリシタンたちの財産を取り上げるために役所へ密告しました。そうして得た田畑や屋敷で、代々裕福なのです。ただ財産と共に、多くの人の怨みをかってしまったため、おばさんの家では女は石女(子供を産めない女性)になるか、たまに生まれた子供もみっかも経たずに死んでしまいます。

おばさんの夫(外地で生きている)も先祖代々の長者で、小作人や百姓たちをいじめてきて、たくさんの怨みをかってきました。その代償として、長男は跡を継ぐと気が変になったりおかしな死に方をしてしまいます。気が変になると、獣の格好をした守り神が見えるようになります。その守り神とは、先祖に苛め抜かれて死んだ百姓のひとりで、怨みがつのって夫の一族にとりついたものの、家や財産だけは守ってくれます。

おばさんの夫は長男でしたが、早くから家を出ていたお陰で気が違わずにすみました。しかし、支那や外地でたくさんの人を殺し(たぶん戦争で)、おばさんたち夫婦の間にも例の守り神がやってきたのです。

それが、牛面 人として生まれた娘でした。

おばさんが空襲から逃げないのは、この守り神が予言をしてくれるので、屋敷が焼けないことを知っていたからです。 また、くだんが生まれるのは、歴史上の大凶事が始まる前兆で、凶事が終わると死んでしまうそうです。この直後、日本は戦争で負けました。きっとかわいそうなおばさんの娘も、それで役目が終わり死んでしまったのでしょう。

話のオチはもう一段あるのですが、これから読む人のためにここまでにします。

くだんのもともとの由来が何なのかは知りませんが、獣の姿に生まれたうえに、ひとのために予言までして、平穏になったら(敗戦直後の日本が平穏だったとは言いがたいでしょうが‥‥)死んでしまうなんて。それだけ人の念は恐ろしいってことですね。

私は無神論者ですが、神様の罰てきなものは、絶対に存在すると思います。人が見てないから、バレなければ、と思って陰で悪さをしている人にも、やはり同じように天罰は巡ってくるはずです。そう考えると、自分ももっと気を付けて、きちんと生きていかなくてはいけないなぁと思います。