「冥途・旅順入城式」読書感想文


この前、 クラブでたまたま喋った男の子となぜか本の話になりました。で、私が漱石好きだと言ったら、彼は漱石の弟子だった百間がオススメだと言うのでを読んでみました。


内田百間「冥途・旅順入城式」

前半の「冥途」も後半の「旅順入城式」もたくさんの短編集から成り立っています。中にはショートショートかと思うくらい(笑)短いものもあります。どちらも共通してるのは、日常空間と異空間の境界線がボヤけているところ。ある意味、楳図かずお的な磁場の狂い方をしています。

ただ「冥途」を書いてから「旅順入城式」を書くまでに10年の歳月が流れ、その間に関東大震災などの世間的な危機や、家庭崩壊などの百間自身の危機もあったそうで、作品のテイストはかなり違っています。

「冥途」では、思わず女性の後をついて行ってしまう主人公(男)が 異空間に迷い込んでしまうというパターンが多く、恐ろしい目に合うものの、ちょっと間抜けというか、コミカルにすら思える側面もあります。

中でも一番好きな作品だった「件」は、気付いてみたら件に姿が変わっていて、予言することを強いられて困ってしまう男の話です。すごく悲劇的な状況にも関わらず、人間だった頃の友人にこんな毛物(ママ)になっていることが知られたら恥ずかしいなんて考えているところが可笑しい。そして、最後うまいこと人間たちから逃がれた件が思ったひとこと「何だか死にそうにもない様な気がして来た」(爆笑)。

呑気な面白さもあるけど、人間に取り囲まれている時に件が思っていた「もし私が件でありながら、何も予言しないと知ったら、彼等はどんなに怒り出すだろう」という言葉には、漱石直系のシニカルさを感じます。

人間は、件に人権を認めていないので(人じゃないから件権?)一方的に予言を期待することを当然のことのように考えるけど、件だって人間のため以前に自分のために生きてるんだろうしね。それと同じような状況って、別に毛物にならなくても他にいろいろありますよね。

後半の「旅順入城式」も基本的に不思議物語なのですが、こちらは語弊を恐れずに一言で括ってしまえば“神経症”がテーマです。しかも、「冥途」と比べて、死の臭いが強くなってます。

私なんかが、こんな大先生に対して「わかる」なんて言ったら失礼ですが、でも100万分の1くらいのレベルだろうけど、今まで似たような精神状態のことが多かったので、読んでてしんどい気持ちと、仲間を見つけた安堵感の両方の感情が湧きました。

「山高帽子」に出てくる自殺してしまう男は(この人もかなり神経症っぽい)芥川龍之介がモデルになってるそうで、作家なんてほんとメンタル的にハードな職業なんじゃないかなぁと思います。でも読者はそれを読んで救われたりしてるわけだから、ある意味作家も“件”みたいなものかもしれませんね。